“2no”さんよりの投稿  2008/03/17(・E木)
BGM  2007/03/03()
ブランドの作り方  2006/08/05()
捻挫  2006/05/30(・E土)
「メンズノンノ」  2006/04/27()
バンド名の読み方について  2006/04/04(・E土)
井上 太志 さん(東京都)からの質問です  2006/03/27(・E木)


“2no”さんよりの投稿
毎回、サイトを楽しみに見ています。
今のままでも、十分すごいサイトだと思いますが、
ファーストフードや戦争、テレビなどの裏話の様に、世の中の、裏話をもっと知
りたいです。そして、自分の生活に何か応用できればいいと思っています。


ご意見ありがとうございます。
また、そういう意識でWHATEVERのサイトに目を通してくれている事を嬉しく思います。

WHATEVERの本質的な目的の一つは、主体性に乏しい生き方をしている人達に意識の変革を促す様な情報を発信する事により、少しでも多くの人が主体性を持ち生きていく事を理想としています。
また、そうなる事により必然的に色々な社会問題が少しずつでも解決に向かい、調和のとれたより良い世の中に進歩するであろうと自分勝手に想像しています。

その中で、民族間紛争、アニマルライツ、フェアトレード、児童労働、情報操作、エネルギー問題、等など、一般的に若者にはあまり意識される事のない具現的社会問題を取り上げる事により、何らかの意識に訴えかけ、より主体的に物事を考えるきっかけとなる可能性は高いのではないかとも思われます。
ご意見にある、世の中の事をもっと知る為の一例として、グーグル検索エンジン等で「アニマルライツ」という言葉に「とは」と言葉を付け足し、「アニマルライツとは」と入れ検索するだけで、例えば「http://arcj.info」等の内容の濃いサイトに簡単に行く事が出来ましたし、また例えば「アニマルライツ」「真実」と検索ワードをふやしていれると、「http://www.no-fur.org/」の様なサイト等にも行けました。
(注:あくまでも検索例を示しただけで、これらのサイトの内容自体を、肯定・否定、するわけではありません)
その中で更に知らない言葉が出てきたら同じく「〜とは」等と検索していくと自身の興味ある事をどんどん掘り下げていけるかと思います。
その時に注意して欲しいのは、所詮それらの検索エンジンも中立性が保障されているわけではなく、何らかの操作のもと表示順序の上下が変動している可能性も疑わなくてはいけません。

次にそれらをWHATEVERというフィルターを通し具体的コンテンツにするとなるとかなりのエネルギー(労力・時間・お金)が必要となります。
勿論、それらの膨大なエネルギーを使ってでもそれなりの結果が生まれれば良いのですが、現実的にはかなりの「無駄」が出てくる事も容易に推測が成り立つ為、現時点ではそれらのコンテンツは創れないというのが結論です。

ここから以下の文章は、それらを創る事になぜ「無駄」が生まれるのかの理由を述べていくので、今回のご要望に直結した内容ではありません。
しかし、それなりの理由があっての事なので、是非目を通してみて下さい。

まず一例を挙げ、どういう事かというと、WHATEVERのデザインに対する説明文等の文章は長い物になると一つあたり通常数日(数十時間)かけて書いています。
仮に親などに生活の面倒を見てもらっている人なら、何十時間かけて書いても問題は無いでしょうが、自己責任で生きている大人だと、そういうわけにも行きません。
家賃や生活費を得る為の労働に費やす時間があり、その次にようやく自由に使える時間が出来るからです。
そのような状況下、WEB上のコンテンツを充実させたり説明文を付ける事により、WHATEVERの売り上げが飛躍的に伸びるなら、金銭的つじつま合わせもできるかも知れませんが実情はそんなに甘くありません。
さらにWHATEVERの場合は他の一般的なブランドと違ったコンセプトを多数維持している為に利益率が低くなっているのでなおさら大変です。
本来の理想は、さらにたくさんの人に情報発信する為に必要な最低限度の健全な利益を得るべきですが、実情は利益どころか常にマイナスになっている状態です。
と言う事は必然的に、コンテンツを充実させたり、説明文を付けたいなら、自己責任でそれらを創る時間を作るしかないと言うのが現状です。
だからと言って刹那的パッションを信念とはきちがえ「ロックだ〜!!」「パンクだ〜!!」「革命だ〜!!」と隣にいるだけでも恥ずかしくなってしまいそうな事を大声で口走り、根性論で無理を続けて自由時間を削り、挙句たった数ヶ月で継続維持出来なくなり中途半端で止める様な物では本質的に意味が無いと考えています。
何故、本質的に意味が無いかと考えるかと言うとWHATEVERを立ち上げ十数年コンセプトを曲げずに維持し、例えば特にこの一年間などは恐らく平均的なフリーター以上の能力を駆使しているに関わらずそれらフリーター以下の所得しかなく、さらにそれを努力で埋めようと約一年間の間は一日も休みをとらなかったりと、人伝いの情報ではなく自分自身の実体験を持って挑戦してみましたが、結局得た事と言えば自分自身の進歩のみで、世の中が大きく変わる等といった事は勿論あり得ませんでした。
(ここで言う「勿論あり得ませんでした。」とはあきらめ等のネガティブな意味ではなく、過去の歴史の事実や情報を前提に想像力を加味すると、あり得ない事は始めから解っていた上で、それら情報レベルではなく自身で挑戦、実体験する事でしか得る事の出来ない新たな事がある事を理解していた事と、そこで得た事こそが真の発展に繋がるからという意味)
そういう実体験をもとに考えると、なぜかそういう自称「パンク」で「俺は一生パンクや〜!!」と声を大に言い切る人ほど、いつも一番先にシーンから消えていくのには不思議で仕方がなく、若い時には腹立たしく思っていましたが、今では、「そこまで一貫性の無さ過ぎる人って、冗談じゃなく吉本のお笑いか何かのネタに使えるんとちがうかな〜」と一人で吉本の舞台上でのシナリオと配役を勝手に妄想し笑いそうになってしまう。
そんな一人笑いをこらえニヤニヤしている所を誰かに見られたら、まるで俺が危ない人の様に思われてしまうではないか!!
と、話を戻し、そう考えると理想として本当の意味で信念を維持し情報発信し続ける為には、最低限度のゆとりも考慮に入れたスタンスを前提にしなくてはいけません。(上記にある通り実情はそんなゆとり全く無いですが(笑))
そんな状況下、個人的には損得で物を言うつもりは無いので、自由時間を削り費やした時間分のエネルギーが効率よく皆の進歩等に100%繋がっているなら有意義だと感じる事も出来るのですが、実体験上そうでない部分が多いのも事実です。
仮に、書き手と読み手の間に「相互理解する為の努力」をする意思があり、書き手が自由時間を削り10時間かけて作った文章を、読み手も同じだけ自由時間を削り10時間かけて理解しようとしたけれど、書き手、読み手、の文章作成能力、文章読解能力、の不足によって伝えたい事の本質が100%で伝わらない。
と、なるのであれば、あきらめではなく事実として仕方が無いので納得できますし、書き手、読み手、が次のステップに向かって努力し、それぞれの能力の向上を図れば良いだけの話なのでなんら問題はないと思います。
ですが、挑戦し続けている中で見えてきた事実としては、10時間かけて作った物をたった5〜10分でさらっと一度読み流したに過ぎないのに他力本願に「難しい!!」といって複数回読む事もせず諦めてしまう、「能力が無いのではなく努力が出来ない」人や、同じく5〜10分でサラッと読み流したに過ぎず半分も文章の意味の本質を理解していないのに分かった気になって終わってしまう「自信過剰」な人が多いのが実状です。
さらにたちの悪い人等は、言いたい事の本質とかけ離れた部分で重箱の隅をつついて「国語的に間違っていて、誤字脱字も多く読めた物じゃない!!」と鼻息を荒くしている人達もいます。
さらに中には、そういった事をネット上の巨大掲示板等に匿名で書き込み、「俺様が言うたった!!」と興奮しすぎてチンチンを固くし、白目をむきよだれを垂らし海老反りになって気絶している人もいるかもしれません。
とりあえず、そんな危ない人には触れないでおくとして、勿論、文章作成能力の優劣もある為「あの程度の文章なら、もっと短い時間でもっと綺麗に分かり易く書く事ができるよ〜、時間がかかりすぎるのは書き手の能力が無いせいやん!!」という人がいるであろう事も理解しています。
なのに関わらず何故こんな事をしているかと言うと、そういう人達は揚げ足を取る事しかしない無責任な口先だけの人で、どんな詭弁を並べ立てようがアクションを起こさないという事実が世の現実だからです。
まさにどこぞの政党の様に「代替案や方法論のない否定論」を述べる事がアクションの一つだと勘違いし、またそれを支持する事により自身もアクションを起こしている気になっているナンセンスな民意と何ら変わらないのではないでしょうか。
そういう考えの下、能力不足を自己認知しつつも、だからこそ仕方がなく時間で補うという努力を持って書いているだけです。
なので、脳内完結した低レベルで妄想的な詭弁で、しかも匿名で一方通行的にケチを付け、それがアクションだと勘違いし自己満足している暇があるなら、是非そういう人が何らかの有意義なコンテンツを作りWHATVERにリンクを申し出て欲しい所なのですが、現実的にそんな奇特な人は中々いません。
高学力を活かし理論武装した所で、実としてアクションを起こせない人と、学がなくとも実として進み続けている人とのどちらが有意義かは子供でも(もしくは子供だからこそ)分かるはずです。
とそんな嫌味であおった所で、それらの人がどうせ何もしない事は想定内ですが(笑)。
と、熱くなる前に話を戻します。
また、人によってはそれ以前に悪気なく説明文をたかがチラシ一枚といった感じで目も通さず捨ててしまうのも事実です。
勿論、悪意無く捨ててしまう本人に、「読む責任も義務も無い」事は前提として理解して貰った上で話を進めます。
ここでしっかりと考えて欲しいのは、例えばこの上記一文をとっても、先ほど述べた様にさらっと5分〜10分で読み流してしまうと、チラシ一枚が捨てられただけに過ぎなくなりますが、ちゃんと想像力を駆使しリアリティを持ちじっくり読み取る少数派の人だと「「チラシ一枚が捨てられた」」になり、=「しんどい思いをして得た少ない所得から無理して算出したお金と時間で作った説明文が読まれる事なく無意味に捨てられているのがリアルな現実===無駄の多い非効率な行為なのか?」と自身に置き換え想像します。
またそのリアルな想像力があるゆえ「では、次はどんな方法にかえて挑戦すれば良いだろう?」と次の実行動に直結しやすいのではないかとも思います。
ですが、大多数の人はそのように文章を、「単に見る」事と「読む」事との違い、もしくは「単に読む」事と「熟読」する事に違いが存在する事に気づいておらず、昨今言われる「想像力の欠如した若者達」という言葉に当てはまってしまっています。
となると、次にそれら「想像力の欠如」の抜本的改革を目指そうとすると、幼少よりの教育を含む社会環境の変革が前提になってしまい、WHATEVERの現実的に出来る事の範囲を超えてしまいます。
それらを基にかんがえた時、WHATEVERとしては今までどおりのパッションは維持しつつも、具体的方法の進化に意識をおかないと無意味な事になってしまいます。
少し難しいかもしれませんがどういう事かというと、「「新たな事に挑戦し行動する信念を持ち合わせていないに関わらず、歴史の事実等を建前に過去にすがり詭弁で塗り固めた口だけの偽者」と「自身の持ちえる能力では現実的に不可能な理想論に固執する事を信念と誤解し進歩無く留まり続ける事」と「自身の持ちえる能力で現実的に不可能な場合は合理的に見極め現実的に可能な方法論へと変化を持たせ新たに挑戦する事」」の三者は似て異なると言う事です。
ですから今までは、現時点で出来る範囲の現実味のあるアクションの一つとして、今回などの様な文章に労力をかけて創り続けてきたわけですが、机上の論ではなく自身で実体験した現実を踏まえると、現実は先ほど述べたとおりです。
なので、俺と同じく能力は無くとも、文章の本質を理解する為に相互努力する意思のある想像力と行動力の可能性を持ったWHATEVERを支持してくれている人達には大変申し分けなく思いますが、冒頭にも述べているように現時点での実情では必要以上に「無駄がでてくる」という現実があり、真の進歩の為には無駄をはぶき効率化を目指さなくてはいけないという現実を優先順位に置く為にも、世の中の様々な具体的問題を色濃く一つ一つ取り上げると言う事は現状の現実としては難しいです。
となると物理的に限られた現状の中でWHATEVERとして出来る事は、具現的な諸問題の具体的内容自体に膨大なエネルギーを使うよりも、それらの文化や価値観が存在すると言う事すら知らなかった人になるべく効率よくそれらを知って貰う為のキッカケづくりや、またWHATEVERを通してそう言った事を知った人達が、単に「新しい知識が増えた」で終わらさず、創造力を加味し実行動としてそういった事を広めてもらえるべく促す為の今回の様なコンテンツの作成等こそがWHATEVERの役割だと考え運営しています。
それなら、「それらの具現的社会問題をテーマにしたサイトにリンクを貼る事によりWHATEVERとしては時間短縮が図れるのでは?」と考える人もいると思います。
ですがそれらサイトの中でも物によっては、若い人から見ると表層的にはセンセーショナルに見えていても本質的には何らかに偏った考え方を推し進めているサイト、も世の中には結構あります。
実際、客観的分別がつかない乏しい人生経験と若さゆえの熱意があいまってしまい、それらの偏ったサイトに心酔してしまう人達もいる為、それらの内容全てをチェック出来ない状況下、中途半端に紹介しない方が良いと考えています。
そういう意味も含め冒頭で紹介したサイトに「(注:あくまでも〜)」と付け足したのです。
なので、個々のサイトの内容に関しては、しっかりと客観的に自己判断して下さい。
また、当サイトも客観的観点を目指しているに過ぎず、悪意は無くとも客観性に欠いた意見を述べている場合や可能性もあると思うので、常に最低限度は疑って目を通して貰った方が良いと考えています。
と言う事で結論としては、それら社会問題をテーマにした情報源はインターネット上にかなりたくさんあり、冒頭に挙げた方法で自分自身で掘り下げて行く事はそんなに難しくないので、「DO IT YOURSELF」を念頭にがんばって自分自身で調べてみて下さい。

ここから先は更なる補足の様な物なので面倒くさくない人は是非読み進めて下さい。

色々な物事に興味や好奇心を持つと言うのは凄く素晴らしい事だと思います。
でも忘れないで欲しいのは、それらで得た知識や薀蓄(ウンチク)を基に論理を振りかざした所で、実行動が伴わなければ無価値でしかないという事を忘れてしまい、そのまま大人になってしまった人が世の中にはたくさんいると言う事です。
皆にはそんな大人になって欲しくないと思いつつ、今もこの文章にエネルギーを注いでいるので、是非この文章が皆にとって有意義な物になれば嬉しく思います。

当サイト内の過去に作ったコンテンツを自身で読み返してみると、過去の物にさかのぼるほど文章作成能力の無さを自身で痛感し、それが為に100%理解して貰えない事に関しては申し訳なく思います。
しかし今回の文章で何かを感じてくれた人は、「相互理解する為の努力」をキーワードに、過去に一度読んだ事のある文章でも、こちらの文章作成能力の無さを上手に読み飛ばしつつ、しっかりと一語一句に意識を持ち再読して貰えると、以前では気づかなかった新たな物の見方が広がるのではないだろうかとも思います。
そして情報の、発信側、受信側、相互のエネルギーが少しでも無駄なく有効的に使える様になればなるほど、世の中は良い方向へと変わっていくのではないでしょうか。
そう言うことで、今後は今回述べた理由にもある様に、事実として多数派である「想像力や創造力を駆使する努力を怠っている」人に偽善的に納得してもらう為に時間を割く様な暇は無く非効率的なので、過去にある文章の再編に力をいれつつも、新たな文章を作成する頻度は下げていくかも知れません。
そうなると、まさに「想像力」の無い一部の人には「モチベーションが下がったのでは!!」等と誤解を受けるかもしれませんが、それこそ「想像力」を駆使し直感を高めて判断してもらえれば、いちいち言語で証明しなくても理解して貰えるのではないかと考えていますし、真の信念の維持の為には必然的にそうしなくてはいけないと自身で感じています。
(今回の文章の実例として、まさにこの文末と同意の事が「TOP」下部の<補足>を押すと出てくる「はじめにの補足説明」、の文末5行程度ですでに記載していますが、さらっと読み流した人は記憶に無いのではないでしょうか)

最後に今までの行為自体が無駄だったわけではないので誤解されない為に説明します。
いつも詭弁レベルの理論武装を否定しますが、誤解の無いように言うと、学者等の研究レベルの論理を「しょせん論理だ!!」と言っているわけではありません。
何故かというと論理を構築している学者は「論理を構築する」という行為自体を「実体験」しており、その途中過程での失敗も経験し、それらを反面教師にする事により進歩していきます。
要は「論理を構築する事(自身で新しい物事を創造する)」と、第三者が創り上げた情報やすでに構築されている論理を「単に記憶しているに過ぎない事(自身による創造性はマッハゼロで何も生み出していない)」とは根本的に別の事だという事です。
ですが、そんな違いすら理解できていない、創造力&想像力マッハ0の人に限って自身が構築したわけでも無い論理をもとに言葉遊びレベルの詭弁を学の無い第三者にひけらかし、自身がそれら学者と同等レベルだとはきちがえている低レベルな理論武装を否定しているに過ぎません。
スケートボードに例えてもそんな事が多々あります。
本人は根性も無く練習もほとんどせず、家の中にこもりビデオでトッププロの映像ばかりを見漁って、たまにみんなの練習している場所にスケボーも持たずに現れては、「誰々は、何々のビデオで何々って言う大技をやってたけど、何々って言うチームの誰々は同じ技を出来なかったから大した事無い!!」とさも自分の事のように鼻息を荒げ、自慢げに話だけして帰っていく変な人も世の中にはたくさんいます。
さすがにそんな漫画みたいな奴はおらんやろと思うかもしれませんが、実際ネット上の巨大掲示板等を見てみると本当にそんな人もたくさんいる事がわかってもらえると思います。
述べるまでも無く本当に大事なのは何かと言う事は分かると思いますが、それらを踏まえ冒頭で述べた「無駄」というのは決して「無意味」だという事ではありません。
進歩というのは、無駄に見える失敗を実体験する事により不足や不備を知り、成功へと向かう為に想像力や創造力が必然的に鍛えられる事により成されるからです。
それともう一点、今まで無駄になっていたコンテンツ作成に費やしたエネルギーを無駄にしない方法があります。
仮にWHATEVERに共感・理解できる人の割合が先天的能力に依存する普遍の本質だったとして、100人中10%のわずか10人だけだったとします。
と言う事は残りの90人に対して無駄なエネルギーになっていたわけですが、その共感・理解してくれている10%の人達が、一人あたり身の回りにいる10人にWHATEVERの事を紹介してくれたとすれば、本質は普遍なのでそこでも9人の人には共感してもらえなかったとしても、残りの1人には伝わり、結果として最初の理解者の倍の20人の人に共感・理解して貰える事になります。
と言う事は、一つの文章作成にかけたエネルギーは不変であっても効率は2倍になります。
そう考えれば、後も同様に皆が広めてくれれば悪徳マルチ商法のネズミ算の如く理解者を増やしていけるのではないでしょうか。
そうなれば、WHATEVERとしても同じ労力を使っても無駄は減っていく事により、今まで以上に質の高いコンテンツ創り等を目指せるのではないかと思います。
なので、すでに自分なりのアクションを起こしていて忙しい人は別だとして、理解・共感こそしていて実行動する気持ちやパッションは持っているが、具体的に自分自身がどんなアクションを起こして良いかが分からず葛藤していた様な人にお願いがあります。
まずは「WHATEVER」というブランドが存在すると言う事だけで良いので身近な所からで良いので広めて貰えると有難いです。
勿論、いきなりブランドの持つ本質的価値観等をこむずかしく伝えようとするとカルト宗教的な物と誤解されてしまい色眼鏡で見てしまわれる可能性もあるので、単に「変なスケボーの動画あるで〜」とか「パンク系か何か知らんけど、それっぽい事も乗ってるで〜」とか「とりあえずアホっぽくておもろいで〜」とか何でも良いので、まずは存在自体を知ってもらわないとスタート地点に立つ事も出来ません。
人によっては、WHATEVERのサイトの「文章は読むけど、スケボー動画は興味無い!!」という人もいれば、逆に「スケボーの動画以外は面倒やから見てない!!」と言う人もいると思います。
これらは個性の違いで、どこに興味があるかが違うだけで、「WHATEVERの存在自体を知らない!!」事とは根本的に異なります。
なので、何らかの形でWHATEVERに協力してくれる意思があったけど、何をやったら良いかが分からなかった人は、自分のペースで、一人でも十人でも百人でも〜万人でも良いので、まずはWHATEVERの存在だけでも友達等に広めて下さい。
勿論、WHATEVERに共感してくれている様な変な人(笑)の中には、「友人がいない」とか「人との会話が苦手」といった個性の人も多いと思うので、そんな人は例えば自分の自転車の目立つ部分にWHATEVERのステッカーを貼る、とか何らかのアンケート等でWHATEVERをおススメしてくれるとか、方法は自分次第で自由で無限にあるはずです。
その後、そのWHATEVERの存在を知った人がWHATEVERの価値観に興味を持つか持たないかは、その人の自由選択です。
その存在を知らずに蚊帳の外に居る事と、蚊帳がある事を知っているに関わらず自由選択で中に入らない事も似て異なる事です。
そんな、「WHATEVERの存在を人に伝えるだけなんてアクションの内に入らないと」誤解する人もいるかもしれませんが、そうではないです。
例えば、「ボランティアをする意思と時間はあるが、必要な設備投資の為のお金が無い人」と「ボランティアする意思とお金はあるが、それに費やす時間が無い人」がいたとします。
この時にもし、「お金だけ出しても、自身が参加しないのでは意味が無い!!」と文句を言い、「じゃあ、参加する時間が無いからお金も出しません!!」と言い合って全く事が進まないとしたら、どれだけ無駄な事でしょう。
それと同じで、いくらWHATEVERのコンテンツが充実しても広めてくれている人達がいないと成り立たないのです。
よく言われる職業の貴賎の有無は俺には分かりませんが、WHATEVERに関しては、創り手、広め手、に貴賎や優劣は無く、唯一貴賎があるなら“読んで知識をふやした”だけに過ぎない、読み手、に徹しているだけの実行動の伴わない人だけがその枠内に収まってしまうのではないでしょうか。
こういう事を言うと、またもや想像力に欠け理解する努力を怠る人の目からみると、偏った宗教の布教活動の様に誤解されるかもしれませんが、そうではありません。
ちゃんと内容理解している人なら解っていると思いますが、WHATEVERの発信する情報の観念形態が変質的カルト宗教とは根底から違うからです。
なので、これを読んでテンションが上がったからといって、偏った宗教の信者の様に「私が良いと考えているから、あなたにとっても良いはずだ」といった考え方で押し付けて伝える様な事だけは無い様に注意して下さい。

と言う事で、すでに自分なりのアクションを起こしている人は別だとして、もしWHATEVERの発信する情報により知識を増やしたり、何らかの考え方を進歩させ、共感、支持しているという事を自身の心の中も含め第三者にも表明し、長いものに巻かれやすい今の社会性にアンチテーゼを掲げているのに関わらず、これだけ言っても何もしない人(自分のペースでがんばっているけどたまたま結果が出ていないのは個性の範疇なので、さらにがんばって下さい)は、都合よくそんな時だけ「WHATEVERを広めなくてはいけない社会的責任は自分には無い!!」といった卑怯な事は言わないで下さい。
もちろん社会的責任はありませんが、WHATEVERイデオロギーの中では十分に無責任だと言う事をしっかり理解し行動して貰えると嬉しく思います。
個性によって方法や結果のパターンは無限にありますが、行動していると言う意味や進歩しているという意味では全員等価です。
唯一、知識ばかりたくわえ何の行動もしない傍観者だけが進歩ゼロで永遠に取り残されていくのではないでしょうか。


と言う事で、今回はご要望に直結した内容ではありませんでしたが、WHATEVERとしては他のサイトでは補えない様な独自の視点や切り口でのコンテンツ創りでないと意味が無いと考え今回の様な文章になりました。
なので、捉え方一つでそれなりの意味と価値のある物になるのではと思います。
今後も意見、要望などあれば投稿の方、宜しくです!!

中村泰一朗
Date: 2008/03/17(・E木)


BGM
東京都の高橋さんからの質問です


WHATEVERサイト管理人 様

初めまして。東京都に住む高橋という者です。
高校生の時にWHATEVER、チョッパーさんに魅せられて以来、体重
は20kg増えてしまった今でも心には
その頃の自分がずっと大切に残っています。ロクにオーリーも出来なく
なってきましたが…。
すいません。突然ですが、質問させてください。
こちらのサイトのBGMは誰の何という曲なんですか?
どこかで聞いたことがあるんですが、どうしても思い出せず、サイトの
どこかに書かれているかと思ったのですが、
見つけられませんでした。凄い好きな感じなんです。教えてください。
宜しくお願いいたします。


と言う事で、同様の意見もあると思うのでこの場をかります。
バンド名は”CHUMBAWAMBA(チャンバワンバ)”と言い、以前の曲は、「SALT FARE,NORTH SEA」で、今現在2007年の3月の時点で使っている曲は「THE BIG ISSUE」と言う曲です。
基はパンクバンドで、CRASSやビョーク等と近いシーンで活動していたらしいです。
彼らの曲の中でも「TUBTHUMPING」と言う曲は最も有名で、10年近く前に世界中で流行った曲なので聞けば知っているかもしれません。
曲調は多種多様な物があり、何でもいい加減にごちゃ混ぜにした流行り風のミクスチャーもどきバンドの様に誤解を受けるかもしれませんが、本質は全然違い、曲自体をポップにする事により、より色々な幅の人達が聞ける様になっていますが、肝心の歌詞はメッセージ性の深い物ばかりです。
そういう事からも、WHATEVERの物創りにも凄く影響を与えたバンドの一つなので「LINK」のコーナーのWHATEVER関連にもリンクを貼っていますので、興味があればチェックしてみて下さい。



Date: 2007/03/03()


ブランドの作り方
晴澤 昭比古さんからの質問です。

WHATEVFRのホームページ見ました。俺はSK8もPUNKも大好きなのでWHATEVFRは僕にとって最高のブランドです。WHATEVERの作品には一つ一つにメッセージがこもっていて、本当に感動させられます。一番好きなのは、Eccentric Powerです。アナーキーな感じがかっこよすぎます!ところで、僕は中学校の頃からずっとポップなパンク系のブランドを作りたいと思っていました。絵を描く事も好きなのでデザインもいっぱいあります。大学生になった今、バイトを初めてお金を貯めていざブランドを作ろうと思ってのですが、その方法がわかりません↓プリント工場に頼めば、オリジナルのTシャツを作ってもらえる事も分かるのですが、どこで売ったらいいかも分からないし、本当に今とまどってます。ブランドというのはどのように作ればいいのでしょうか?

同じ様な疑問を持っている人も多いと思うのでなるべく詳しく説明します。
「ABOUT US」と少しかぶりますが、WHATEVERの設立の経緯も絡め説明します。
まず俺がSK8を始めた頃のSK8ブランドは基本的にアメリカ等から輸入されてきた物が多く、そういった物はそれらに運賃等が上乗せされる事もあり基本的に若者には少し高い価格帯の物ばかりでした。
そんな中、自分自身は流行りにはあまり興味が無かったし、服を買うお金があるくらいなら新しいスケボーの板を買った方がいいと考えていたので(当時は板自体も高く、俺の周りは大体半年に一枚買い換えるのが普通だった)ほとんど服にはお金を使いませんでした。
ですが常に世の中に不満がある人間なので「あまりお金が無いはずの若い子に対する服にしては高い気がする、何か大人に騙されている気がするけど文句だけ言って何の行動にも起こさないダサい奴になるのは嫌なので、とりあえずは行動に移そうという事で、自分自身で服を安く売れないか挑戦してみようと思いました。
多分22歳頃の事だったと思います。
ですが、その時点では晴澤君と同様で何も知らなかった為、全くどうしていいか分からない状態で、ティッシュ配りのアルバイトをメインにSK8していただけで、かろうじて高校は出ていますが学力も平均値以下で下の中くらい。
就職した事も無いので商売の事やブランドの作り方なんて何も分かりませんでした。
しかもインターネットの様な便利な物もあまり普及していなかったので、今と違い何かを調べるにも調べようが無かったりする事だらけで大変でした。
ですが、いきなりここで結論を言ってしまうと、「状況や環境の責任にする奴は、そこまでの奴でしか無い、為せば成る」と言う事だと思います。

と、いつもの様にここで熱くなってしまうと話が進まなくなるので、そのテンションを押し殺しつつも、具体的な話を進めると、まずは何の目的でブランドを立ち上げたいかによっても進むべき方向が変わってくると思います。
一口にブランドといっても、例えば、お金儲けをしたい、自分の作った服やデザインを皆に見てもらいたい、他人に評価して欲しい、メッセージを伝えたい、等など人それぞれ目的は違うので進め方や方法も異なる上、WHATEVERのやってきた方法は特殊な為、今回はあくまでも一般論を言います。(という事でWHATEVERの方法とは異なる部分が多いので誤解の無いように)
まずは、服を作ったとしてもその次どうやって売ればいいかですが、その前に基本的に理解しておく事として、ブランド(デザインを作ったりする所)を成り立たせる為にはブランドの外に、生産業者(プリント工場や縫製工場等の製品を加工、生産してくれる所)、小売店(分かりやすく言うとショップの事で直接末端消費者に販売する所)と、大きく役割が三つに分担されています。
その中でブランドを運営したいなら、自分自身がどの様なコンセプトやイメージを持ったお店で取り扱って欲しいかを明確にします。
例えばPUNKテイストを持った服をヒップホップ系のお店に置いても実質売れにくいという現実があります。
もし俺が若い頃だったら「そんな常識やイメージに縛られたくない、挑戦してみないと分からない!!」と言って挑戦していただろうと思いますが、俺はそんな考えの基、納得できない事は自分で全て実質行動として挑戦してきた結果として色々勉強してきましたが、「世の中そんなに甘くない!!」というのが今回の場合の個人的な見解です。
どういう事かというと、学生や子供と違い責任と義務が絶対条件として求められる大人の世界は厳しいもので、分かりやすく例えるとTシャツ一枚に対しても「店の家賃÷店内の全アイテム数=Tシャツ一枚にかかる家賃」まで計算したりします。
と言う事は、仮に一月あたり40万円位の家賃のお店で(街の中心地にある物件だとして)、店内に同じ値段のTシャツが100アイテム置いているとしたら、Tシャツ一枚にかかる家賃が一日あたり約133円、もし一月売れずに残ったら、Tシャツ一枚にかかる家賃は4000円、半年売れ残ったらTシャツ一枚に対する家賃は24000円、となります。
勿論、いくらでTシャツを売るかによっても変わりますが、普通に考えればそんな家賃を払っていたら赤字になるのが普通で、そうなると店としてはどうしても一日でも早く売らないと、どんどんリスクが高くなっていきます。
また仮に家賃は払えたとしても、働いている人のお給料やその他の経費も必要なので実際は更にシビアです。
となると店の側としては、一日でも早く売れる物ばかりを仕入れようとするのが当たり前です。
せこく聞こえるようですが、それが世の中の現実で、もしそんな中でテイストの明らかに違うアイテムをどうしても置いて貰いたいなら、それらのリスクは置きたい人が自身で背負うのが筋道で責任を持った大人の行動だということです。
脱線してしまいましたが、話を戻すとそれらを含め、まずは自分が置いて欲しいお店のイメージを明確にします。
次に実際自分の作った服を分かりやすく見てもらう為のカタログを作成します。
カタログを作るにも特にルールらしいルールは無いので、自分の思うように作り、それがそのブランドの個性ともなるのですが、基本的に最低必要な項目としては、ブランドやアイテムのコンセプト、アイテムの写真やイラスト等(勿論、現物のサンプル等があればお店の人に分かってもらい易い)、サイズ展開や色のバリエーション、上代(一般的な売値の事)、下代(お店に買い取ってもらいたい値段)等の価格や納期(注文を受けてから何時頃お店に届ける事ができるか)等は、必須項目とされています。
業種や職種にもよって多少違いはありますが、一般的にWHATEVERの様なブランドは売値(上代)の六割くらいが卸値(下代)となり、そのくらいの値段でお店に買い取って貰うのが一般的とされています。
具体的な例を言うと、WHATEVERの「ANTI」や「スラッシャー風」等のTシャツはお店でみんなが買う値段は、2800円ですが、実はその六割の1680円でWHATEVERが各取り扱いショップさんに買い取って貰っています。
と言う事は、もし売れた事を前提で、2800円(売値)―1680円(売値の六割)=1120円(売値の四割)がお店の取り分となります。
ですが、ここで勘違いして欲しくないのですが、お店が1120円の利益があるかというと実はそこからさらに先に言った様に、お店の家賃、人件費、光熱費、通信費、送料、等等の必要なお金(経費)を差し引いた残りのお金がやっと本当の利益となります。
そういう事からも利益の薄いWHATEVERを取り扱ってくれているショップは、お金だけを最優先にしている様なお店ではないので、そんな協力もあってWHATEVERが成り立っている事も理解して下さい。
同じくWHATEVERとしても1680円が丸儲けではなく、そこから材料代、デザイン料、印刷の型代、印刷代、人件費、事務所家賃、光熱費、などなどを全部差し引いた数百円しか残りません。
しかも売れた場合が前提なので売れ残った場合は、利益どころか逆に赤字になるリスクも含めた時の本当の利益はさらに下回ります。
少し脱線させますが、そういう事からもたまに「WHATEVERって極力安くとか言っているくせに、Tシャツ2800円もするけど、レコード屋で買ったバンドTシャツは、1800円やった!!」と言う人がいますが、一般論で言うとレコード屋で1800円くらいで売っているTシャツはブートレッグ(デザインした人等にお金も払わず無断でデザインを使用している物)の場合が多く、また仕入れをせず自分達で勝手に作っている場合が多いので一枚売れると丸ごと1800円が手元に残ります。
それに対して先ほど書いた様に一見2800円に見えても実は1680円で更にそこからデザイン料等も差し引かなければならない上、物によっては型代が1800円のTシャツよりも2倍、3倍のコストがかかっている物もあるWHATEVERのTシャツを高いと思うなら、それ以上安く出来る方法を述べた上で言って欲しいと思います。
明確な方法論も提示出来ないのに人の揚げ足を取ったり文句だけ言うなら、頭の悪い小学生や鼻息が荒いしか能が無い二流の政党と同じでナンセンス!!(というか、おれ自身が若い時はそんな奴だったからこそ、大人になってまでそんなダサい奴やったら自分自身駄目だと気付いた!!(笑))
誤解の無い様に補足しますが、1800円でブートTシャツを売っているレコード屋さんがインチキかと言うと、そういう訳でなく、1800円丸ごと手元に残ると言っても、同じくそこから家賃や人件費、その他の諸経費は同じ様にかかる上、それらのTシャツは本物が入手困難な物が多い為、若い人達にそれらを広める事を目的としている場合もあり、逆に実際問題お金が目的なら手間隙を全て含めて考えると1800円で売っても本当の意味の利益にはなりません。
また、どんなアイテムに限らずですが、自分で作った物を友達に直接売ったりすると上記の理由を含めあらゆる経費がかからない為、かなり安く売る事が出来ますが、そんなの当たり前で、それでは子供の遊びレベル。
自分自身も昔は何も知らなかったので同じ様に友達に直接売った場合凄く安く出来るので普通に売っている服の値段が高いとケチを付けていました。
ですが、その形態を一生維持するというなら本当の安さとなりますが、それではブランドとしての規模拡大は図れず進歩と生産性は望めず、やはり子供の遊び。
さらに向上心を持ちブランドの規模拡大を考えるなら必然的に設備等、その他諸々に経費がかかってくる為、必然的に直接売る物と価格がどうしても変わってきます。
それを含め、同じ条件下で安く出来てこそ本当の安さであり、真の意味のクリエーションだと思います。
ちなみに子供の頃、缶ジュースの中身の原価は数円だと聞いてぼったくりだと思った覚えがありますが、今考えればまさに世の中を知らない子供の発想。
ちなみにWHATEVERと同様の業界では一般的に、アイテム自体の原価は大体売値の三分の一前後くらいとされていて、どういう事かというと例えば、売値が9000円のシャツがあったとすると、まずブランドがデザインをして生産は縫製工場等に発注したとします。
その時におよそ売値の三分の一の3000円(原価)くらいでブランドが生産業者に頼んでシャツを作ってもらいます。
次にその3000円で買い取ったシャツをブランドが各取引先であるショップに上記で説明した様に9000円の六割の5400円で売ります。
次にショップが9000円で店頭に並べる事になります。
分かりやすくする為にアバウトで書いた為の誤差はありますが、生産者、ブランド、小売店、と、およそですが売値の三分の一ずつ程度が各々の取り分になり、そこから各々の諸経費を引いた残りが本当の利益となります。
ちなみに「D.I.Y.」のコーナーの動画で出てくるシャツは売値が12800円でWHATEVERの中では少し高く思われていますが、じつはあのシャツも赤字アイテムなのであえて経費計算をしてみます。
まず売値の三分の一という事は、約4000円程度を生産原価にしないといけないのですが、胸のプリント部分の型代は一般的な工場で考えると一色に付き8000円くらい、六色あるので合わせて48000円、それを生産数の約25着で割ると、一枚あたり1920円更に印刷代は別で一枚あたり500円前後なので2420円、更に縫製工賃もクオリティによって変わってきますが、一般的には2000〜3000円、この時点ですでに4000円を軽く超えていますが、さらにデザインやサンプル製作に要した経費、パターン(設計図)作成代金、生地代、等などを含めると明らかに生産原価の割れた赤字のアイテムだという事は分かってもらえると思います。

それらの最低限度のお金の仕組みを理解したら、次はカタログを持って自分の取引して欲しいお店に自分のブランドを売り込みに行きます。
俗に言う営業という奴です。
一般的には、この時に自分が誰かという事を分かってもらい易くする為に会社名(ブランド名)や自分の名前が入った名刺等を用意し自分の身分を証明します。
まさにテレビドラマのイメージで背広を着た人がよくやっている様な奴です。
ですが、あくまでも背広や名刺は体裁上の場合が多く、実は特にルールは無く、本質を言うと自分のブランドやアイテムの良さをいかに上手にショップの仕入れ担当者さんに伝える事が出来るかにかかってきます。
実際、俺は背広も持っていない上、ブランドを立ち上げてからのこの10年以上いまだ名刺を作った事は無く、熱意が伝わればそれで良いと考えています。
勿論、人によっては背広や名刺は最低限度の初対面の人に対する礼儀だと考えている人もいるので、場合によっては印象を悪くする可能性もありますが(笑)。
先ほど出て来たカタログはこの時に、相手に自分のブランドのアイテムがどんな物なのかを伝えるのに必要で、デザイン性を口で伝えても相手はピンときません。
さらにお店の人が自分の店のイメージにマッチしているか、アイテムの作りが本当にしっかりしているか、家賃や人件費等の経費を考え差し引きしてもお店に利益が出る様なアイテムか、お金のやりとり等するのに身元がしっかり信用の出来る人か、ちゃんとした銀行口座をもっているか、などなどを話します。
そこでお互いの条件が折り合えば取引が始まります。
ですが勿論その担当者さんの提示する条件をクリアに出来なければ取引は出来ないので、条件をクリア出来る様に改善するか、もしくはそれが信念を曲げる事に繋がるなら理解してくれる別の店(取引先)を探すという事になります。
また場合によっては、買い取って貰うのではなく委託販売という方法もあり、どういう事かというとお店にとりあえず置いてもらい、売れた分だけ買い取ってもらうという方法もあります。
この方法だとお店の側は売れ残っても家賃と手間賃のリスクしかなく、アイテムを返却してくるのでブランド側のリスクになります。
ただしその場合、ブランド側のリスクが高くなるので掛け率が六割ではなく七割くらいとする場合が多いようです。
またもや2800円のTシャツで例えると、買い取って貰うと1680円入ってくる所が、委託だと売れた場合には1960円入ってきます。
ただし売れなかった場合には手元にアイテムが残ってしまうので生産原価や手間隙が丸ごと赤字になってしまいます。
上に述べた事は一般論でしかないので極端な例を述べますが、ブランド自体が凄く人気があり120%間違いなく売れる保障があれば「掛け率を9割でもいいから売って欲しい」というお店もあるだろうし、逆に明らかに120%売れないだろうという様なブランドのものは「掛け率が一割だとしてもお金を捨てるのと同じだから絶対いらない」という場合もあり、要は全てが理にかなうかどうかが大事なだけで一般的なルールやシステムが大事なわけではありません。
そういう意味では知識や経験がなくてもD.I.Y.の発想で何とでもなるというのが結論だと思います。

ブランド運営の大まかな流れはこんな感じで一見難しくモチベーションが下がってしまいそうですが、始めに述べた様にここに書かれている事は、俺自身も同じく何も知らない状況から周りの人の協力を含め全て独学で学んできた事なので、始めは分からなくて当然で少しずつ運営していきながら覚えて行けば良いと思います。
実際、俺が始めた時は、カタログ、銀行口座、FAX、伝票等、何も無く、というかブッチャケて言うと作ったTシャツのみが手元にあっただけで、その次どうしてよいか分からずオタオタしていました(笑)。
しかし本来ここに書いた様な事は、商業や経済を学ぶような大学や専門学校でお金というリスクを払って学んだり、就職して社会に出て時間や自由を削るリスクを背負い経験値を身に付けるのが一般的で、それが嫌で俺の様に独学で学ぶというならそれなりのリスクと覚悟も必要で他力本願で甘い考えでは成り立たないのでそこをしっかり理解した上でがんばって下さい。
という事で最低限度の流れは教えましたが、俺の時はこんな最低限度の事すら調べられる環境は少なく、さらに難しかった事を考えると何でもかんでも教えてあげるというのは本人の為にならず、かえって良くないと思うので後は自分自身で調べてみて下さい。

為せば成ります、がんばって下さい!!
Date: 2006/08/05()


捻挫

姫路出身で青森県在住の西川直樹さんからの質問

足首捻挫して今滑れないのですが、滑れない時は何をしたらいいでしょうか?滑れなくてかなりウズウズしてて治ってないのに滑ってまいそうです!

もしかしたらすでにチェックしているかもしれませんが、スラッシャージャパンの最新号(vol、15)のカオス・チャンネルで「ポテトロール」(当サイトのSKATEのコーナーにさらに難易度の高い動画有ます)を披露しているのですが、それのワンフットバージョンを練習するというのはどうでしょうか(検証確認していない為、物理的に可能かどうかは分かりませんが)?
これなら家の中でも練習できる上、失敗しても足首自体には負担が掛かり難い上、もうじき梅雨なので雨の日にもOKだと思います。
他には着地で少し負担が掛かりますが、ワンフットマニュアルの(HEROINのDVDで俺がバンクでやっている片足でマニュアルする奴)もいいのではないでしょうか。
がんばって下さい!!
Date: 2006/05/30(・E土)


「メンズノンノ」
井上 太志 さん(東京都)からの質問です

チョッパーさんに質問なんですが
この前友達の家においてあったメンズノンノを見ていたら
髪型のコーナーにチョッパーさんが街角スナップのようにでてるのみました
あれって大阪歩いててたまたまとられたんですかね??


質問の意図が肯定的疑問なのか、否定的疑問なのか、もしくは純粋な好奇心かは分かりませんが、結論を先に言うと、たまたま街で声をかけられて撮られただけです。

最近、身の回りの若い子とそれらに関連する様な話をしていたので少し書きます。

まず俺は雑誌とかあまり見ない為「メンズノンノ」という本がどういう雑誌かあまり分かっていません。
そんな中、人によっては、「何であんな大衆誌に写ってんの?」と悪い意味で言う人もいれば、「あんな大衆紙に写って凄いな!!」と良い意味で言う人もいます。
例えば、「スマート」だったらいいけど「メンズエッグ」はノリが違うので嫌、その逆もしかりで「メンズエッグ」だったらいいけど「スマート」はノリが違うので嫌みたいな。
結局の所、その見解の違いは主観の幅の、狭さ、広さ、に依存するもので、その主観性の本質を辿ると主観の幅の狭さというのは、偏見や差別意識に繋がる物だと俺は思ってる。

世の中にはあらゆる価値観が存在していていろんな人がいる。

たまに街を歩いていて、「プロスケーターのチョッパーさんですよね、握手して下さい!!」みたいな事を言われる事があるけど、なんでこんなファッションしている人が俺の事しってんのかな?と思う位、スケーターやパンクとは何の関係も無く、ファッションにも何の興味も無さそうな人や、場合によってはヴィジュアル系の人、たまにはイケメンみたいな人や、はたまたヤンキー系みたいな人まで多種多様で、けどみんな礼儀正しかったりする。

この前の夜もたまたまクラブに行ってて、内容は若い子が企画しているオールジャンルのイベントで、その時も若い子が、ヤンキーのりのトランスがかかったら「格好悪いから踊らない」みたいな雰囲気があって、確かに価値観はそれぞれなので、純粋にそんなトランスミュージックが好きではないのなら踊らないのは自由やけど、俺の目から見ると、音楽性に対する純粋な好みでは無く、「ヤンキー系のトランスで踊るのは格好悪い」みたいな世間体や他人の目を気にしている先入観や固定観念にやられている印象を受けた。
まさに音楽の本質からかけ離れてしまっているのではないだろうか?と思った。
例えば詳しくは知らないが、「エミネム」という白人ラッパーの人は、「ヒップホップは黒人だけの物!!」だと言って「白人ラッパー」を受け入れない個人レベルの感情論を繰り広げる保守的な人に負けず、新たなるシーンを創ったらしいが、自分自身が日本人なのに洋楽を聴き、洋服を着ているくせに「ホワイト無理っしょ、やっぱヒップホップはブラックに限るっしょ!!」とか言っている、あほ無限インフィニティースペシャルな若者の喋っている事は、完全に理解不可能で宇宙語にしか聞こえない(勿論、純粋な価値観の上での好き好きは存在するし、黒人社会、白人社会の差異により生み出される音楽性にも差異は存在するだろうが、あくまでも差異でしかなく優劣ではない)。
そんなくだらない考え方は自分の成長の妨げにしかならず自分の幅を狭くしてしまうと俺は思う。
見た目がヤンキーファッションでも人間的にちゃんとしている人はいくらでもいるし、逆にちゃんとした格好をしていても人間的に問題点のある人もいくらでもいる。

何故こんな簡単な事も分からず、差別や偏見がなくならず、また世の中の真の発展がなされない理由の一つとしては、世の中のあらゆる情報自体に真の発展の為の効率性や合理性を基準にした本質的優劣は存在し(個人的推論ですが、一般的に難しいと誤解されている世の中を平和にする為の方法論なんてとっくに賢い学者か誰かが構築していると思います)、取捨選択能力の優劣により物事の結果も違ってくる中で、大半の人は取捨選択能力の優劣や情報の質、以前の部分で受け取り手が個人的感情論に負け、情報の質の優劣に関わらず、その情報の本質に気づかず、有効利用できていないからではないでしょうか?

早い話、「物理的事実にもとづいた主観的価値観」を尊重する事と、「非物理的な事にもとづいた感情レベルの主観」を尊重しようという偽善的な根本的発想の履き違えに世の中の大人が気づく努力を怠り、そのレベルの惰性教育を子供に施しているからだと思います。
みんなも将来子供を作るかもしれませんが、そんな無責任な大人にならないで欲しいなと思います。

そんな考え方から、「メンズノンノ」という本がどういう雑誌か知りませんが、来るもの拒まずの発想でたまたま声をかけられたので、否定も肯定も無く、何も考えず写真を撮られたという感じです。

みんながもっと本当の意味の自由とは何かという事に気づける世の中になればいいなと個人的に思います。

Date: 2006/04/27()


バンド名の読み方について
こんにちは、○○○○というものです。

質問があります。僕は最近、フィンランドのHCをむさぼるように聞いているのですが、BAND名が読めなくて困っています。

そこでクラストやフィンコアに詳しいチョッパーさんに下記のBAND名の名称を伺いたいのですがよろしいですか。



・TAMPERE.SS

・TERVEET KADET

 よろしくおねがいします。


という質問が来たのですが、「Q&A」のコーナーが出来る以前の質問で、質問者に採用していいかを尋ねたのですが、返信が無い為、冷やかしの架空の名前なのか、実在しているがなんらかの問題でメールが届いていないのかは分かりませんが、とりあえず匿名という形で採用します。
以下、回答です。

まず初めに誤解があるといけないので言っておくと俺は全然バンドの事とか詳しくないし、というか逆に情報量だけの薀蓄ばかりの奴は格好悪いと思っているので自分に必要な情報にしか興味がないです。
例えば俺がパンクに興味を持つきっかけになったのは、「E.N.T.」ですが、いまだにボーカルの名前すら知らないし、特に知る必要も無いと考えています。
べたかもしれませんが、パンクはアティテュードだと思っているので今も共感していますが、音楽としては最近あまり聞いておらず今回メール貰ったので久しぶりに「TERVEET KADET」を聞きましたが、多分十年以上ぶりになると思います。
俺も若いときに同じ様に読み方が分からず興味を持っていて当時はネット環境も無く基本的には人伝いに聞いて調べたりして勝手に「ティービート カデット」と呼んでいましたが、今回友達に聞いた所一般的に日本では「タービート カデット」と読む事が多いらしく、また向こうの人の発音では「テルビート カデット」の様になるらしいです。

関係ないかもしれませんが、例えば同じ「DISCHRGE」でも関東方面の人は、「ディスチャ↓ジ」と下がりますが、関西では「ディスチャ↑ジ」と上がる様に読む人が多いです、またスカンジナビアの方では「ディスチャルゲ」といった感じの呼び方をするそうです。

「TAMPERE.SS」はそのまま「タンペレ エスエス」と読むことが多いらしいです。

クラストが好きだという事で知っているかは判りませんが俗にメロコアと呼ばれてるジャンル(ジャンルという垣根は本来くだらない物だと思いますが、現在では分けざる得ない部分も仕方が無いのかも)のバンドで「NOFX(ノーエフエックス)」というメロコアシーンでは凄く有名なバンドがいるのですが、俺が若いときは「メロコア」という言葉も無くメロディックな感じのするパンクバンドと言ったりしていて、読み方も勝手に「ノフックス」とか言ってたりしました。

大事なのは薀蓄ではなく、本当に自分の感性でそれらの音楽をすきかどうかで、若いときはレコードの枚数をたくさん持っていたら凄いとか、どれだけの音楽に対する薀蓄が語れれば凄いとか勘違いしがちですが、そんなの本末転倒していて、音を楽しむという「音楽」の本質からかけ離れてしまうと思います。

という事で一般的になんて呼ばれているとかはどうでも良い事で、自分が勝手に好きなように呼ぶのもありではないでしょうか。

そういう事からも純粋な興味なのなら好奇心を持つ事は凄くいい事だと思いますが、たまに度を越えてしまい本末転倒してしまう人達もいるのでそうならない様に気をつけてこれからも「音楽」を楽しめたらいいのではと思います。

Date: 2006/04/04(・E土)


井上 太志 さん(東京都)からの質問です
質問なのですが、whateverのデサインの根本は欧米やアメリカなどのアート・デサインの考え方と似ていると思うのですが、
それはチョッパーさんが仕事などでヨーロッパに行ったりした時に回りの人から影響をうけているのでしょうか??
例えば欧米の価値観だとそういった芸術作品を評価する際その作品がどういうことで作ったかということや作品にたどり着くまでのリサーチの内容などを重点てきに見たりするみたいです。今の芸術大学では作品のできよりもそういったことを重点的に見たりするところもあるみたいで・・・。
作品も大事だと思うのですが・・・。
それをふまえた上での作品にしか意味がないと。
日本の今現在のアート・デサインの教育ではそういったことを教えているところは少ないみたいです。
チョッパーさんは今のそういうデサインの教育をどう思いますか??



質問くれた事に関してですが、あえて文化圏で区分けすると確かに俺の考え方の基本は、欧米的な発想力に近い場合が多いと友達にも言われますが、基本的には若い時に情報を疑う事を知り、意図的に情報をシャットアウトし、D.I.Y.の発想で構築してきたもので、論述化されたアートフォームとしてカテゴライズされた物に影響を受けた事は殆ど無いです。
例えば若い時に影響を受けたCRASSですら、雰囲気とフィーリングしか拾っておらず、掘り下げた事など一度も無いです。
例えばペニー・リンボー(CRASS)等といった人の名前すら最近知ったしCRASSの歌詞をちゃんと訳してみた事すらないです。
昔からずっと好きなバンドでもいまだボーカルの名前も全然知らなかったりします。
そういう事からも、哲学や芸術の中の技術論・方法論等には影響と言うよりも、「たまたま同じ考えを持った人が昔から存在しててんな〜、やっぱり本質に対するベクトルさえ間違わず努力さえ怠らなかったら行き着く先は結局同じ」と捉えています。
簡単にまとめると、「D.I.Y.」の発想というのは主体性を持つという事で、その主体性を明確に持つという事は、人に流されたり長い物に巻かれにくいという事で、そうなると単純に長いものに巻かれやすい国民性を持つ一般的日本人に比べると差異が必然的に生まれる為で、その差異というのは、別に欧米文化というよりも欧米の主体性を持った国民性に近いということかと思います(勿論、国民性と文化性はリンクしていると思いますが)。
という事で俺の発信している情報は、ルーツやバックボーン的な物はPUNKの影響が強いですが、基本的に俺オリジナルで、たまたま同じ考えの人達がそれを論述化している場合があると思っています。
あえて言うならD.I.Y.論(そんな物あるかどうか知れないが、まさに俺が構築しようとしている事)に1番影響を受け、それが全てに繋がっていると考えています。
で質問に対する結論を言うと、作品に対する論的正当性が無い物は、ある意味評価に値しない、という考えはまさにその通りだと俺は考えています。
というと誤解生まれるので長くなりますが、どういう事か説明していきます。
例えばPUNKやROCKのシーンでも、「理屈じゃねえっ!!」と言う人を肯定するか否定するかと同じだと思いますが、SK8や芸術、その他あらゆるシーンでも同じ様な事が言われます。
ですがこの「理屈じゃねえっ!!」という一言も文章が簡素過ぎる為、より理解の幅が狭くなりがちで抽象性を帯びた・・・・、と言語学的発想に飛躍しそうなので話を戻しますが、シンプルに結論から言うと質の高い物も、低い物も、物理法則に従っているというのは普遍の事実だと考えていてます。
が、その中でその物理的優劣を論述化する能力の有無と作品の質の高さは比例しないという事です。
例えば皆は、林檎が木から地面に落ちるという物理的事実を正当性の有る事実として万有引力の法則と認知しているはずですが、じゃあニュートン力学を持って証明出来るかというと一般人には出来ません。
それと同じ事で音楽を聴いて「いいものはいい、理屈じゃねえ!!」というのは、仮にその音楽の質が高くても、たまたまその人がその正当性を論的に立証できる能力に乏しいだけで、事実としての物理的な質の優劣は別問題です。
そんな中何故「論述化出来る作品で無いと説得力が無い」かを俺なりに説明します。
まず大学等のアートスクールで物事を学ぶというのは、その道のエキスパートにならないといけない訳で、という事は子供の遊びレベルじゃなく文化的発展やその他諸々の事にも向上心と生産性を持ち、また後に続く人達の為にも論述、体系化したりする事に取り組まなくてはいけない(例えばここ数年で流行りだした「ミクスチャー」(音楽に限らず)というスタイルは、それらを構成する各エレメンツがすでに体系化(ある意味ジャンル分け)されているおかげによりスムースに構築が可能、単純に言うと「体系化=文化」で、それを否定してしまうと、俺らは未だ原始時代の生活を送っている事になる)という義務が発生する(勿論この義務を放棄し子供の遊びレベルで物を作るなら、学校を辞める権利は自身にある)。
そこで一旦話を林檎の話にもどし考えた時、「林檎は、自然に落ちたのではなく、何らかの外部要因が働いている(引力や重力)」という事を何故立証しなくてはいけないかと言うと、それこそ「林檎は、神の力で下に落ちる!!」という奴や「林檎は俺の念力で落とした」、「いやいや、俺の念力で皆が死んだ50年後、地面ではなく空に向かって飛んでいく」といった意味不明な説得力の無い事を言い出す人がたくさん出て来ても、全て肯定せざる得なくなる事が筋道となってしまいます。
そんな奴らの中、そこに物理的事実という真実があろうが無かろうがに関わらず、個人的持論を何千回叫んでも正当性は立証出来る訳も無い。
という事は、自分の正当性を認めさせる為には、努力を伴う論理的立証という一つのルールを設定しないと現時点の世の中では他に方法がない。
一見面倒くさく見えますが、実は逆にメリットもあり、努力はしたくないインチキまみれの中途半端な自称アーティストをふるいにかけるという役割も果たしています。
そうすると次に、真のクリエイティビティにあふれた人が創り上げた物でも、作品が抽象的である場合、たまたま理屈が苦手な人は説得力を持たすことが出来ないという問題が出てくる様に思いますが、だからこそ俺は、たまたま理屈を述べる事が出来たのでそういう人の代弁が出来ればと思っていて、こういう場を借りて実は質が高いのに大衆性という論的根拠の伴わない物により迫害されがちな身の回りの本物志向の人の創る物の正当性を代弁が出来ればと思い主張するのです。
まさに本来の芸術評論家の存在価値はそこにあるはずです(理想と現実は違い、情報量だけが全てになっている質の低い評論家が多いかもとも思いますが)。
だから俺はよく「TEXT」のコーナーの中で、たまに「自己認知しているかどうかは問題ではない」と言う事を書いていますが、まさにそういう理由からです。
そういう考え方からも、仮に抽象的でも本質的に筋の通っている質の高い物なら、本人が論的に証明しなくても自然とその作品や制作者の熱意を拾った第三者が論的に評価する、また逆にそこまでの熱意が伝わらない質の低い作品は、誰も評価しない事により自然淘汰される。
それらを総合的に考えた時、やはり論的評価は現時点においては、芸術を高める為の一番の手段の様に俺は考えています。
例えばダダ、ポップアートといった概念自体を創り上げてきた人達は、真の創作として評価できる部分もあるでしょうが、それに乗っかってるだけの今時の先進国の若者の作る根拠の無い抽象作品は本当のゴミで、資本主義をベースにした飽食社会の副産物の場合が非常に多いと俺は考えています。
またこれらの考え方は、始めに述べた通り何らかの書物などの引用ではなく俺の独自の発想ですが、まさに物事の本質は同じなので、推測するにおそらく似たような考えの下、アートスクール等でも論述化できる事を絶対条件にしているのではないでしょうか。
ただこれも推測ですが大半の講師や助教授等は、俺の様に自分自身でこれらの考え方を構築したのでは無く、先にあった情報を単的に生徒に伝えているだけの理論武装だけのレベルが多いのではという気もします。
そんな中、高いお金を払って学校にいくのだから、まさに「D.I.Y.」の発想をしっかり持って自分自身がしっかり取り組まないと、創作家ではなく、商業デザイン製造家と化してしまうので気をつけて下さい。

さらに話が変わりますが、何故これらの考え方、今回の様な質問に対する回答が世の中で一般的に認知されていないかを言うと、例えばSK8で言うと「マーク・ゴンザレス」と言う人がいるのですが、彼は一般的にアーティスティックで抽象的な滑りをするという評価をされているのですが、実は大半の人は、どこがどう凄いか分かってないくせに、みんなに流され合わせて、「雰囲気がやばい!!」とか分け分からん言葉で分かったふりをして誤魔化している人ばかりです。
じゃあ「マーク・ゴンザレス」が偽者なのかと言うとそうではなく、俺は凄くリスペクトしている部分もあり、実際に彼の滑りの何がどう凄いかをちゃんと感じていて論述する事も可能です。
それは、俺が理屈が得意だからと勘違いする人もいると思いますがそうじゃありません。
どういう事かというと、SK8に対して技術論だけでない所で五感を駆使し感受性を高める事を意識し大衆性に流されず自分自身で常に叩き上げ、戦ってきて努力して皆が拾えない物を拾える所まで鍛えてきたからで、そんな中さらに努力して理屈を身につけてきたからです。
例えると俺らの分からない域まで努力して鍛え上げた凄い書道家が大きな等身大くらいの筆で単純でシンプルな数字の「一」とだけ書いた質の高い抽象作品があったとして、評論家が論述してくれれば何故凄いかは「理解」は出来たとしても、努力により感受性を高めていない人には自分自身の力でその凄さを「感じる」事は出来ないでしょう。
単順に考えて何の努力もしていない人に感じられる分けもないし、唯一できる事は金に物をいわせてその論述化された書物を買って理解する事により、「感じた」気分を味わう程度。
感じる事と理解する事は異質の物。
それらの発想から、俺がもし「マーク・ゴンザレス」の事を論述化して何の努力もしていない人に何が凄いかを理解させるなんてまさにナンセンス!!ではないでしょうか?
それこそ「理屈じゃねえっ、感じる努力をしろ!!」と言う事だと思います。
要はそれぞれの事柄を論化できる事実や能力がある上で、意図的に論化しない事と、努力の不足や事実として整合性が無いので論化出来ない事、とは根本的に別次元だと思います。
そういう事からも同じ「理屈じゃねえっ!!」の一言でも時と場合により、説得力があるか無いかは180度違ってくるというのが結論ではないでしょうか。


中途半端な揚げ足取りの自称芸術家を自己完結させて納得させない為に言いますが、物理的事実であっても現在の物理学的発想で証明出来るに至っていない事柄も世の中にはたくさんあるのと同じで、事実として質が高くても余りにもの複雑さと抽象性ゆえに、現在の芸術論や言語学の範囲で論述化出来ない事も存在はすると思いますし、そんな事分かった上で話をしているので、だからといって根拠のないゴミ作品が評価の対象になる訳ではないし、そんな誤魔化しがきくほど世の中は甘くないので勘違いしないで下さいね。
こんな事言われて「むっきぃ〜〜〜、俺様の作品の凄さを屁理屈でねじ曲げようとしやがって、ぶち殺す!!」と逆切れしながら、泣きじこり(crying‐wank)している、努力を知らない自称芸術家の姿が目に浮かびますが、そんな奴を論破する為に時間を割くほど俺はお人好しではないので、これ以上論述化して証明しませんのであしからず。

と言う事で大体言いたい事はつかんで貰えたかと思いますが、いつも言うように俺は国語や文章は得意ではないので、その部分でつかめない所は、申し訳ないですが何度も読み直してもらい少しでも俺の言いたいニュアンスを理解してもらえれば嬉しく思います。
ある実験でメール等の文章と言うのは、筆者が伝えたい事の五割程度しか実は読者に伝わっていないらしく何故かと言うと、書き手も読み手も自己中心的な人が多いから、らしいです。
そういう事からも俺は国語が苦手なのは自分の責任と認識しているうえ、極力自己中心的にならない為にもこの長くて面倒くさい文章を何十回も読み直し手直ししているので、本当に理解したいなら読み手は更にそれを上回る以上に読み直して理解する努力をするべきだし当たり前の責任だと思います(当然の事ですが読み手より書き手の方が数十倍時間がかかりさらに大変だと言う事も理解して下さい)。

色々書きましたが結論的本質はいつも言っている事と同じで、本当の質の高さとは、結果は常に努力量と正比例する事を理解している人が「論理と感性の調和」を根底に創り上げた物、だと俺は考えています。
分かりやすく言うと「バランス」の一言に集約できるのではないでしょうか。

このサイトを見てくれている人は、井上君に限らず色々な物創りと向き合っている場合が多いと思いますが、これからもみんなも常識に縛られず色々な創作活動がんばって下さい、宜しく!!





Date: 2006/03/27(・E木)


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